Komari.Jewelry

自分を認めてもらえることの幸せ。モラハラ被害の克服

自分を認めてもらえることの幸せ。モラハラ被害の克服

 

 

 

 

私は今の主人に出会ってから、自分自身と好きなことを認めてもらえることへの幸福感を知りました。

 

長年のモラハラ被害による自己否定

 

インパクトのある字面ですが(笑)

 

遡れば、

 

父親からずっとモラハラ被害を受けていて、それが当たり前と思って生きてきたので、

 

父親とそっくりな物言いや態度を取る、最初の夫と13年間も一緒にいて、

気づけばすっかり自分のことが嫌いで自分のことを認められない30歳になっていました。

 

 

結果、当時結婚した夫のしている行為はモラハラだということを友人や周囲の人に指摘され、

考えるきっかけが生まれたことで、もう支配されたくないという思いに気づくことができ、

 

この関係を断ち切ろうと離婚しました。

 

 

私の幼少期

 

私は姉、弟、妹の4人兄弟の2番目。

 

北海道の東、海沿い山沿いの漁師町に生まれ、父は土木建設会社員、母は水産加工場でパート勤務。

祖父母と飼い猫と、貧しいですが豊かに暮らしていました。

 

祖母からは「ばばに似てお前の指は”ぼっこ指”だね、ばばの”めんこ”だ」

 

※ぼっこ…北海道の方言で木の枝のこと。ぼっこ指は木の枝のようで曲がっていて短い指という意味。

※めんこ…北海道の方言で可愛い子という意味。

 

愛情表現を言葉で与えてくれたのは祖母と叔母だけでした。

 

両親からはめんこいや愛しい、愛している、大切だという言葉を聞いたことがありません。

(時代のせいかもしれませんけど。。)

 

 

私は基本、勉強ができ運動神経も良い学生でした。(小学校5年生から高校2年生までテニス部)

 

小学生の頃、家に来たお客様に勉強のことを褒められることがあっても

父親の照れ隠しなのか、「こんな馬鹿でもなんとかできてますよ」と、

 

お客様の目の前でげんこつを落とされ恥ずかしい思いをさせられたり、

(なぜげんこつ!?って今なら思います)

 

祖母の影響で裁縫が好きになり、ぬいぐるみを作って親に見せた時も

「なんだこれは、クマか?まあまあだべ」

 

と、バカにしたような物言いで素直に褒めてもらえなかったり。

 

(→当時、週刊少年ジャンプで掲載している漫画”ブリーチ”に出てくるライオンのコンを作ったんです。)

 

 

中学生の頃、演技の道を目指したいから、演劇部のある高校へ進学したいと父親へ伝えると

すぐさま機嫌が悪くなり、一番最初に出た言葉は、

 

 

「そんな金無え!!」

 

でした。続けて、

 

「役者なんて一握りの人間がなれるもんだ!お前なんかが出来るほど甘い世界じゃねえんだぞ!」

 

 

と、頭ごなしに全否定。

 

 

そもそもなぜ役者を目指したのか?

 

小学6年生の時に出演したミュージカルをきっかけに、私は演技の面白さに興味を惹かれ、

 

テレビでアカデミー賞の賞金を見て、うちにはお金が無いから

 

アカデミー賞を取れば好きなことしてお金を手に入れられるし、

家にお金を入れられる!欲しいものも買える!

 

役者いいじゃん!!

 

と、安易に、役者になりたいという夢を抱きました。

 

 

天国から地獄

 

高校の進路を決める直前に父親にお願いし、

 

子役俳優を多く輩出している「テアトルアカデミー」のオーディションを受けさせてもらいました。

 

その後、合格通知と共に、

 

・20万円の入所金(宣材写真撮影や事務所登録費など)の支払いが必要なことと、

・毎月月謝2万円のレッスンがあることの通知書が届きました。

 

もちろん私は「やりたい!」と言いましたが、

 

「オーディション受けさせるとは言ったけど、入れさせるとは言って無え!払えるかこんな金額!」

 

と、話し合いをするまでもなく、一方的にダメだと怒られて終わりました。。。

 

「だったらどうしてオーディションを受けさせたの?

初めから行かせる気ないなら受けさせる意味あった!?」

 

 

という反発心だけが残り、14歳の私にはとても辛い出来事でした。

 

それ以降は、先ほど書いた、”演劇部のある高校へ行きたい”という話をすることになり、

 

タレント事務所じゃなく、高校なら行かせてもらえないかな?と

 

淡い期待を抱いていましたが却下され、

父親の言う通り、地元の高校に進学しました。

 

それ以降、父親に対する不信感や反発心だけが残りました。

 

 

高校中退からの一人暮らし

 

一家の大黒柱である父親の失業をきっかけに、

 

私がいなければ高校に通うお金も払わなくていい、

 

実家を出れば、親に迷惑をかけずに自分で稼いで生きていける、

 

夢を追いかけることが出来る!

 

と、当時の私にはメリットしか感じなかったので

 

親の反対を押し切り、17歳で高校を辞め札幌で一人暮らしをし、社会人生活をスタートしました。

 

 

そして出会った2人目のモラハラ男

 

初めからモラハラだったかというとそうではなくて、少しわがままで自信の無い構ってちゃんな

どこにでもいる男の子でした。(私より2歳年上だけど、まだ幼い感じだった)

 

彼はその後、有名大学を出て大手IT企業に就職し、お酒も覚え、

サイクリングと家電、アニメ、漫画が趣味で、それなりに一緒に楽しく過ごしてきたと思います。

 

いつの間にか、男の子から大人の男性になっていました。

 

そうして、低学歴、派遣社員で、彼の収入より低い私を見下すようになりました。

 

 

「こんなことも知らないの?」

 

「お馬鹿さんだからねー、考えなくていいよ」

 

「もういい、話しても無駄」

 

「デブ」「豚」「トントン(豚だから)」「くせえ」「キモイ」「足太いんだよ」「汚い」「馬鹿がうつる」。。。

 

何年もそういう言葉を浴びせられて、

 

”私はデブでバカでなんの価値もない役立たず”

 

 

そう思って生きてきました。

 

寂しさを埋めたくても、誰かと遊びに行くことも、実家に帰ることも

家の中で誰かと電話をすることも全部嫌な顔をされ、

 

実際に祖母が亡くなった時実家に帰省すると「俺の飯どうすんの?」と言い捨てられ、

早く東京に戻らなければ!と焦りながら戻ってきたり。

 

食費や家賃や光熱費や諸々、家に入れてくれるお金は少なくて、

 

私は彼に隠れてバイトをし、家計の足しにしていました。

 

外に出かけられないので、家に居ながらできるのはスマホゲームだけで、

 

ディズニーツムツムと、ガールフレンド(仮)を約6年間毎日欠かさずやっていました。

(課金もすごかった(笑))

 

それが当時の癒しでしたし、会社帰りに立ち寄るアクセサリーショップや洋服などを

眺めたり買って帰るのも癒しでした。

 

だから余計仕事にのめり込んだ

 

私がしていた仕事は「ありがとう」と言ってもらえる ”社内ヘルプデスク”や、総務などの縁の下の力持ち的職種。

 

派遣社員だったからすぐに切られないよう、”即戦力”で、”替えの効かない存在”になること

に、とてもこだわっていた。

 

 

もちろん根がまじめで研究好きなので、

 

何を言いたいのか人の話すことも先読みして分かったり、

 

メキメキとITスキルもコミュニケーションスキルも身に付けて、叩き上げの凄腕派遣社員になっていきました。

 

(ドクターXの「叩き上げ」という言葉が大好き(笑))

 

私を必要としてくれる場所を必死に掴みに行ってました。

 

 

そんな誇りを持った仕事に対しても「くだらない」だの「誰にでもできることじゃん」だの、

「いくらでも替えが効くよ」と、モラハラの彼は必ず言ってきましたが、

 

 

仕事だけが、私の存在価値を見出せる場所だったから、

 

仕事に対してそういうことを言ってきた時は私も積み上げてきた自信があるので食ってかかりました。

 

 

運命の出会い

 

2016年 29歳当時、IT企業で働いていた私は、チームリーダーとして同じ派遣社員ですが、部下を持つことになります。

 

そこへ入社してきた同じ北海道出身で、驚くことに隣町の出身だった姉御肌強めの女性と出会いました。

 

 

勉強家、努力家、思ったことはすぐ言わず、相手の様子を見ながらベストなタイミングで言う、

サバサバしていて、気持ちのいい裏表のないひとー。

 

私と似ているけど正反対というか、息抜きの仕方を教えてくれる6歳年上の彼女。

 

同郷ということもあるが、お互い積極的なことや好奇心旺盛なところ、

 

お酒が好きだったり、

 

2016年、大ブームを巻き起こしていたドラマ「逃げ恥」でも共通の楽しみがあり一緒に盛り上がったり、

 

仕事に対する考え方も近かったので、あっという間に仲良くなりました。

 

 

その彼女と、たくさん語り合い、ともに仕事を乗り越え、

時には意見をぶつけ合い、多くのことを学びました。

 

彼女のご主人との日常や、腹を立てたこと、こうしてほしいという改善の話し合いなど、

本当にたくさんの話をする中で、

 

明らかに、私の置かれている状況がおかしいことに気付いた。

 

人としての尊厳が無い

経済DV、束縛を受けている

モラハラ。。。

 

 

最初は認めたくなかった。

 

 

でも、ここまで打ち解けている彼女の言うことは、

 

すんなり耳に入ってくる。

 

 

最後の砦、婚姻届

 

モラハラの彼と、13年間の交際に終止符を打ち、

 

新たに始めたくて出した婚姻届。

 

彼のご両親へ私を紹介をしてほしかったけど、最後まで拒否された。

 

私の両親へ紹介したかったけど、バカな親だから会いたくない、会うわけがないと言われ、

 

私含め、私の家族まで否定され、それでもこの人と添い遂げたいと思ったから籍を入れた。

 

 

最終的には、この人と子供を作れば、彼は変わるんじゃないか?

 

そういう思考になっていたときに、

 

「やめなさい!生まれてくる子供が可哀そうだよ!!」

 

と、私の考えを殴り飛ばしてくれた、職場の姉御。

 

 

でも、

 

「お前ゆるいんだよ!全然気持ちよくない!」

 

と言われて、体の相性が最悪だったモラハラ夫とは当然子供が出来るわけもなく、

何年もレス状態だったから、ありえない話だったけど。

 

 

 

 

 

もう、無理だった。

籍を入れてみたけど、なんにも変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

もう耐えられないー。

 

 

 

 

 

 

 

 

離婚の話し合いで、彼は泣いてやり直したいと言ったけど、

 

 

一度離れてしまった私の心はもう彼に傷つけられたくない一心で

 

 

離婚を承諾してくれないまま、私は家を出ました。

 

 

 

半年後、ようやく承諾してくれて、離婚が成立して、とても安堵したのを覚えています。

 

 

悪いものを断ち切ると、良いものが入ってくる

 

これは去年、初めてソウルカラーセラピーを受けて言われた言葉。

 

 

本当にその通りで、

モラハラ夫を断ち切ってすぐ、今の夫と出会いました。

 

 

優しく、思いやりのある、他人を許すことのできる家族を愛する、男の子。

 

 

勤めていたIT企業に新卒として着任してきた未来の夫は、

 

出社初日に遅刻してきて(笑)

 

第一印象は「すげー、初日から遅刻なんて大物じゃん(笑)」でした。

 

 

 

5歳も年下で、とにかく可愛くて、でも、長男だから実家のことは俺が考えなきゃいけないし、

 

妹に負担かけたくない、と家族のことが第一な、誠実な男の子

 

 

モラハラの元夫とは見事に正反対でした。

 

就職を期に熊本を出てきて、東京は右も左も分からない。

 

ならばと、美味しい物、楽しいこと、見せたい物、色々と連れ回した(笑)

 

 

楽しかったし、また会いたい、またしゃべりたい、もっと知りたいと、

 

 

次の恋が始まり、

 

交際を開始してから何かトラブルというか、育ちの違いでやり方が違ったり、

昔好きだった女の人のことを私に言ってきて自爆してたけど、

 

そんなこと言われたら私だって気分が悪いし、一方的に怒っていたんだけど、

 

その都度きちんと話し合い、意見を聞いてくれて、自分の意見も言ったり、

本当に誠実に向き合ってくれる人でした。

 

モラハラで傷ついた心を溶かしてくれた

 

 

ずっとひどい言葉を浴びせられてきたこと一つ一つに、

 

「そんなことないよ」

 

「俺は好きだよ」

 

「きれいだよ」

 

色んな言葉をかけてくれて、

 

私の存在を認めてくれた。

 

正直、まだ完全に癒えているわけではないけれど、

 

私の好きなことを好きなだけやっていいよ、と見守ってくれる姿や、

 

私を大切にしてくれるところ、好きなことや私の考えを尊重してくれるところ、

 

一緒に楽しいことや辛いことを乗り越えると約束してくれたこと。

 

 

人生で初めて、心の底からこの人の子供が欲しいと思いました。

 

 

今は出産して娘も1歳9ヶ月になりましたが、変わらず、

 

私も娘も大事にしてくれる。

 

 

私多分この人じゃなかったら、自己肯定感低すぎて病みすぎて、

 

やっていけなかったと思う(笑)

 

 

初めて会ったときはまだ可愛い男の子だったのに、

 

今はもう年下とか関係なくて、仕事も重要なポジションに就いていたり

 

たくさんの人に慕われたり、職場でも家でもとても頼りになる大人の男性になりました。

 

 

自分のことを認めてもらえるって、こんなに幸せなことなんだと、身をもって教えてくれました。

 

 

 

私が一番失いたくないのは、娘と、やはりこの人しかいないなと思います。

 

私を導いてくれてありがとう。

関連情報

金属アレルギー対応レジンアクセサリー作家兼ハンドメイドコンサル

Komari.Jewelry

ハンドメイド作家として2021年に活動を開始し、
作家としての基盤を固めたのち、ハンドメイド作家向け
販売コンサルとして2022年より活動を開始。
 
現役作家として活動をしつつ、
コンサルとしても日々作家さんのためのお役立ち情報を発信。

屋号 Komari.Jewelry
住所 〒860-0823
熊本県熊本市中央区世安2-6-5
営業時間 10:00~17:00
定休日 土日祝日
代表者名 小林 純(コバヤシ ジュン)
E-mail info@komari-jewelry.com

コメントは受け付けていません。